ARCHIVE PEOPLE人物
日本の工作機械の歴史を作った人を、1 人 1 枚にまとめました。各章に出てくる創業者・技術者・研究者が中心です。何をしたかは章の出来事と名機図鑑につなぎ、生まれた年・亡くなった年は、社史・当時の人名録・国立国会図書館の典拠データなどで確かめられたものだけを書いています(空いている人は確かめられなかった人です)。仕事の記録だけを扱い、私生活には触れません。
機械の
うしろに
人がいる!

☺20 人
創業者・経営者 12 人、技術者 5 人、研究者 3 人。並びは生まれた年(分からない人は、結びつく出来事のいちばん早い年)の順です。
池貝庄太郎いけがいしょうたろう
1869〜1934創業者・経営者池貝工場(のちの池貝鉄工所)の創業者
1869(明治 2)年 10 月、江戸の神田に生まれる。田中久重の工場の旋盤職人から独立し、1889 年 5 月に東京・芝金杉で英式旋盤 2 台付きの借り工場から池貝工場を始めた。同じ年の末に弟の喜四郎と作った英式 9 フィート旋盤は、動力式で現存最古の国産旋盤(機械遺産第 53 号)。1934 年に亡くなり、長男が庄太郎の名を継いだ(二代目)。[1・コマ31][2・コマ45][3][4][5・コマ218]
大隈栄一おおくまえいいち
1870 年生まれ創業者・経営者大隈麺機商会・大隈鐵工所(いまのオークマ)の創業者
1870(明治 3)年、佐賀県に生まれる。1898 年に名古屋で製麺機の大隈麺機商会を個人で始め、1904 年に陸軍の砲兵工廠から図面を受けて旋盤を作ったのを機に工作機械へ進んだ。1918 年に株式会社大隈鐵工所を発足させ、OS 形普通旋盤を市販した。[6・コマ51][7・コマ25][8・コマ6][8・コマ18][9]
- 旋盤1918年株式会社大隈鐵工所が発足し、米セバスチャン社の旋盤を改良した OS 形普通旋盤を市販
- 研削盤1918年大隈が陸軍工廠から図面を受け、米ノルトン社の No.1 万能工具研削盤を手本に GA-1 形工具研削盤を作る…
名機図鑑:OS 形普通旋盤(1918)
伊藤嘉平治いとうかへいじ
創業者・経営者山形の人(鍛冶・機械づくり)
1875(明治 8)年ごろ、鍛えた鉄で足踏み式の旋盤を作った。民間の人が作った旋盤として古いものの 1 つで、2007 年に機械遺産第 3 号に認定され、博物館明治村に展示されている。[10][2・コマ25]
- 旋盤1875年ごろ山形の伊藤嘉平治が鍛えた鉄で足踏み旋盤を作る。機械遺産第3号(博物館明治村)
名機図鑑:足踏旋盤(伊藤嘉平治作)(1875)
池貝喜四郎いけがいきしろう
技術者池貝工場・池貝鉄工所(庄太郎の弟)
兄の庄太郎とともに、1889 年に池貝工場製第 1 号旋盤を作った。1961 年の『日本の工作機械』の年表は、喜四郎がプロファイル縮写削成機を発明したことを挙げる。[3][11・コマ109]
- 旋盤1889年5月池貝庄太郎が東京・芝金杉で池貝工場を創業(5月)。英式旋盤 2 台付きの借り工場から始め、同年末、弟の喜四郎…
成瀬政男なるせまさお
1898〜1979研究者東北大学(科学計測研究所)の研究者、歯車の研究
機構学から歯車の理論を体系立て、スイスのマーグ式歯車の内容を明らかにした。東北大学の科学計測研究所で、はすば歯車や転造による歯車の作り方を研究した。1953 年 5 月、和栗明・中田孝とともに「歯車に関する研究」で学士院賞を受けた。[12][13・コマ75][13・コマ110][13・コマ111][14・コマ33]
- 歯切り盤第 4 章 歯切り盤の系譜
チャールス・A・フランシスちゃーるすえーふらんしす
技術者東京高等工業学校の実地指導教員(米国人)
1903(明治 36)年 8 月に東京高等工業学校が実地指導教員として雇った。1905 年、池貝はフランシスの仕様書にもとづいて米式の旋盤を作り、「池貝式標準旋盤」の量産に進んだ。[15・コマ64][15・コマ65]
- 旋盤1905年池貝がフランシスの仕様書にもとづいて米式旋盤を作り、「池貝式標準旋盤」の量産を始める(それまでは主に英式)。…
鳳誠三郎おおとりせいざぶろう
1912 年生まれ研究者東京大学の教授、放電加工の研究
1947 年にソ連のラザレンコ夫妻の研究を知り、翌 1948 年に研究を始めて実験設備を整えた。この加工法を「放電加工法」と名づけ、日本の放電加工の研究の出発点をつくった。[16][17]
樫藤留三郎かしふじとめさぶろう
創業者・経営者樫藤鉄工所(いまのカシフジ)の創業者
1913(大正 2)年 2 月、京都で合資会社樫藤鉄工所をつくり、試験機・染色機械・木工機械の製造を始めた。社の沿革では、1918 年に 40 インチのホブ盤の 1 号機を試作し、京都市電の修理用の歯車を作り始めたとする。[18・コマ141][19]
- 歯切り盤1918年カシフジの沿革では、1918 年に創業者の樫藤留三郎が 40 インチのホブ盤の 1 号機を試作し、京都市電の…
- 歯切り盤1920年樫藤鉄工所で 40 インチホブ盤が完成。独ファウター社のホブ盤を手本にしたもの
名機図鑑:40 インチホブ盤(1920)
山崎定吉やまざきさだきち
1962 年没創業者・経営者山崎鉄工所(いまのヤマザキマザック)の創業者
1919 年に名古屋で山崎鉄工所を始めた(同社の沿革は、はじめに作ったものを製畳機械とする)。1927 年 9 月に旋盤・フライス盤など工作機械の製造を始め、翌 1928 年に商品化の 1 号機の 4 尺旋盤を完成。1962 年 9 月、社長のまま亡くなった。2000 年に米国の雑誌『アメリカン・マシニスト』から 1910 年代の製造業の革新者として表彰された。[20]
- 旋盤1919年山崎鉄工所が名古屋で創業(はじめは製畳機械=畳を作る機械)。1927 年 9 月に旋盤・フライス盤の製造を始…
稲葉清右衛門いなばせいうえもん
1925〜2020技術者富士通信機製造 自動制御部 → ファナックの創業者・社長
富士通信機製造で制御の部門を任され、米 MIT の報告を手がかりに NC の開発を選んだ。1956 年に民間で日本最初の NC 装置とサーボを開発し、1958 年に商用 1 号機を牧野フライス製作所の NC フライス盤に納めた。1963 年の富士通の技報は、オーエム製作所の数値制御立タレット旋盤の NC を稲葉の自動制御部の担当とする。1972 年に NC 部門が富士通ファナックとして分かれ、社長として NC の普及を進めた。[21][22・コマ17][22・コマ18][23][24・コマ4]
岡本覚三郎おかもとかくさぶろう
創業者・経営者岡本専用工作機械製作所(いまの岡本工作機械製作所)の創業者
1926 年に岡本専用工作機械製作所を個人で始め、1935 年に株式会社岡本工作機械製作所に改めた。1930 年に呉海軍工廠の注文で国産初の平歯車研削盤 ASG-2 形を完成させ、研削盤の総合メーカーへ進むきっかけになった(機械遺産第 106 号)。[25][26]
牧野常造まきのつねぞう
創業者・経営者牧野フライス製作所の創業者
1937 年 5 月、1 番立フライス盤の専門メーカー「牧野商店製作部」を始めた(1942 年に牧野竪フライス製作所)。牧野の依頼で富士通信機製造と NC フライス盤を共同で開発し、1958 年に日本最初の NC フライス盤ができた。[27][22・コマ18][23]
- フライス・MC1937年5月牧野常造が 1 番立フライス盤の専門メーカー「牧野商店製作部」を創業(1942 年 3 月に牧野竪フライス製…
- フライス・MC1958年3月牧野が立フライス盤 K シリーズと、日本最初の NC フライス盤を開発。NC 装置は富士通信機製造の商用 1…
名機図鑑:FANUC の NC 初号機(1956)
津上退助つがみたいすけ
創業者・経営者津上製作所(いまのツガミ)の創業者
1923 年 6 月、東京でゲージブロックの研究を始めた。1937 年 3 月に新潟県長岡市で津上製作所をつくり、ゲージブロックの生産を始める。1939 年には油圧式万能円筒研削盤 T-UG300 を完成させた。[28][29・コマ48][30・コマ7]
- 研削盤1939年津上製作所が商工省の奨励金を受けて油圧式万能円筒研削盤 T-UG300 を完成。油圧で動かす研削盤の早い例
井上潔いのうえきよし
創業者・経営者日本放電加工研究所(のちのジャパックス)の創業者
三菱重工業で放電加工を研究していた技術者。1953 年、当時の池貝鉄工所の社長 岡崎嘉平太と意気投合して日本放電加工研究所をつくり、翌 1954 年に国産の実用放電加工機の第 1 号 Japaxtron D3 を完成させた。のちにジャパックスの社長(理学博士)。[17][31・コマ19]
岡崎嘉平太おかざきかへいた
創業者・経営者池貝鉄工所の社長(1953 年当時)
池貝鉄工所の社長だった 1953 年、放電加工を研究していた井上潔と意気投合し、池貝鉄工所の関連会社として日本放電加工研究所をつくった。[17]
- 放電加工1953年池貝鉄工所の関連会社として日本放電加工研究所が設立される。創業者の井上潔は三菱重工業で放電加工を研究していた…
長岡振吉ながおかしんきち
技術者大隈鐵工所の技術者
1954 年、主軸のまわりの 3 か所にくさび形の油膜をつくって回転の精度と剛性を高める大隈式非真円平軸受を開発した。この軸受を使った GPB 形円筒研削盤とあわせて、2013 年に機械遺産第 59 号に認定された。[32][33]
山崎照幸やまざきてるゆき
2011 年没創業者・経営者山崎鉄工所(いまのヤマザキマザック)の社長・会長
1946 年に家業に入り、父 定吉を助けた。1962 年 10 月に社長になり、その時期に NC 旋盤の第 1 号機 MTC(1968 年)と、国産の NC 旋盤で初めて米国へ輸出された MTC-2500R(1970 年)が出た。2001 年に会長、2011 年 9 月に亡くなった。[20]
古川利彦ふるかわとしひこ
創業者・経営者ソディックの創業者
形彫り放電加工機の電源 UF105C(1974 年)の開発を主導した。スイッチにトランジスタを使い、電極の減りを 1% 以下にして「電極無消耗電源」と呼ばれた。1976 年、ジャパックスから分かれてソディックを横浜で始めた。[34][17][35]
- 放電加工1974年形彫り放電加工機の電源 UF105C。スイッチにトランジスタを使い、電極の減りを 1% 以下にして「電極無消…
- 放電加工1976年8月ソディックがジャパックスから分かれて横浜で創業する。同じ年に日本で最初の揺動加工装置 SIX-LORAN(電…
名機図鑑:形彫り放電加工機 22-NC 8000(1980)、形彫り放電加工機 AM シリーズ(AM35L)(1998)
桃井昭二ももいしょうじ
技術者山崎鉄工所(いまのヤマザキマザック)の技術者
1977 年、自社の工作機械の主軸を削る工程と工数を減らすため、中心になって複合加工機の開発を本格的に始めた。この開発から、1979 年のスラントターン 30 ミルセンタ、1983 年の 40N ATC ミルセンタが生まれた。[36]
- 複合・5 軸1977年山崎鉄工所(今のヤマザキマザック)で、桃井昭二を中心に複合加工機の開発が本格的に始まる。自社の工作機械の主軸…
- 複合・5 軸1983年工具 30 本の ATC を自社で作り、「スラントターン 40N ATC ミルセンタ」を EMO(パリ)に出…
名機図鑑:SLANT TURN 40N ATC ミルセンタ(1983)、INTEGREX 40ATC ミルセンタ(1988)
中田孝なかたたかし
研究者東京工業大学の教授、歯車の研究
1953 年 5 月、成瀬政男・和栗明とともに「歯車に関する研究」で学士院賞を受けた。[13・コマ110][37・コマ398]
- 歯切り盤第 4 章 歯切り盤の系譜
載せ方
- 生没年は確かめられたものだけ。国立国会図書館の典拠データ(著者名の見出しに付く生年・没年)、社史や当時の人名録の記述、会社の公式の沿革で確かめました。片方しか確かめられないときは片方だけ書いています。
- 同じ名前を継いだ人に注意。池貝庄太郎の名は、1934 年に長男が継いでいます(二代目)。このページの池貝庄太郎は創業者です。
- 会社の表現はそのまま書かない。「世界初」「国内初」は、どの資料がそう書いているかを本文や章の年表に書いています。
章とほかの横断ページ
出典
番号はこのページでの通し番号です(各章の番号とは違います)。国立国会図書館の資料は、個人向けデジタル化資料送信サービスで 2026 年 10 月に全文検索とページで確かめました。「コマ」は国立国会図書館デジタルコレクションのページです。
- 『赤阪鉄工所60年史』(1969)コマ 31
- 『日本の技術100年 ビジュアル版 第7巻』筑摩書房(1989)コマ 25・45
- 日本機械学会「機械遺産 第53号 池貝工場製第1号旋盤」
- 池貝「企業情報(沿革)」
- 『人的事業大系 製作工業篇 上』(1940〜1943)コマ 218
- 『興亜財界新人譜』(1939)コマ 51
- 『工作機械業界』教育社(1978)コマ 25
- 大隈鉄工所『製品沿革写真集:創業70周年記念』(1968)コマ 6・18
- オークマ「沿革」
- 日本機械学会「機械遺産 第3号 足踏旋盤」
- 『日本の工作機械』ポプラ社(1961)コマ 109
- 国立国会図書館 典拠データ「成瀬, 政男, 1898-1979」
- 会田俊夫『歯車の技術史』開発社(1970)コマ 75・110・111
- 『東北大学科学計測研究所年次要覧』(1960)コマ 33
- 日本工学会『明治工業史 機械・地学篇』(1930)コマ 64・65
- 国立国会図書館 典拠データ「鳳, 誠三郎, 1912-」
- 岩崎健史「放電加工機技術の系統化調査」国立科学博物館『技術の系統化調査報告』第32集(2023)
- 『明治以降京都貿易史』(1963)コマ 141
- カシフジ「沿革」
- ヤマザキマザック「沿革」
- 国立国会図書館 典拠データ「稲葉, 清右衛門, 1925-2020」
- 『産業活性化と企業家精神』(1982)コマ 17・18
- ファナック「ファナックの歴史」
- 『Fujitsu:技術情報誌』13(6)(1963年4月)コマ 4
- 岡本工作機械製作所「会社沿革」
- 日本機械学会「機械遺産 第106号 ASG-2形平歯車研削盤」
- 牧野フライス製作所「沿革」
- ツガミ「沿革」
- 『Precision Tsugami』津上製作所(1971)コマ 48
- 『中央経済』1940年12月号コマ 7
- 『銀行時評』1983年5月号コマ 19
- 日本機械学会「機械遺産 第59号 大隈式非真円平軸受とGPB形円筒研削盤」
- 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「大隈式非真円平軸受」
- 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「形彫放電加工機用電源 UF105C」
- ソディック 有価証券報告書の「沿革」(EDINET DB)
- 鈴木信貴「モジュール型産業におけるインテグリティーの獲得 ―日本工作機械産業の事例―」『赤門マネジメント・レビュー』9巻9号 pp.635-662(2010年)
- 『東京工業大学百年史』(1985)コマ 398