ARCHIVE国産工作機械アーカイブ

日本の工作機械が、輸入した機械を見よう見まねで作るところから、世界一の生産国になり、NC と複合加工の時代を切り開くまでを、一次資料で 1 つずつ確かめてまとめていくアーカイブです。社史・当時の業界誌と年鑑・技報・機械遺産の登録資料・国立科学博物館の資料・日本工作機械工業会の刊行物を読み、年・機種名・メーカーには出典を付け、確かめられないことは載せません。国立国会図書館の資料はコマ番号まで書いているので、同じページを開いて確かめられます。

古い社史に
答えが
あるんだ!

マスコットのチップス

章の一覧

機種ごとの系譜を 1 章ずつ足していきます。いま読めるのは第 1〜7 章で、機種別の系譜はこれでそろいました。

第 1 章国産旋盤の系譜幕末の輸入機から、1889 年の池貝の英式旋盤、大正の展覧会、戦時の統制、戦後の高速旋盤、1957 年の最初の NC 旋盤、NC 化と世界一、複合加工機まで。メーカーの系図と見に行ける名機つき。読む →第 2 章フライス盤・マシニングセンタの系譜シンシナチ形を手本にした国産フライス盤、生産フライス盤、1958 年の NC フライス盤、1960 年の MC 国産第 1 号機、立形 MC の普及と輸出、5 軸まで。読む →第 3 章研削盤の系譜ノルトン形の工具研削盤、1930 年の国産初の平歯車研削盤、戦時の GHU 形、GPB 形とトヨダ・ジャンドルン、1964 年の NC 研削盤、CBN 砥石と超精密まで。読む →第 4 章歯切り盤の系譜1906 年ごろの輸入ホブ盤、大正の 40 インチホブ盤の国産化、1940 年の歯車形削り盤、戦後の技術提携と自動車の歯車の量産、1980 年の NC ホブ盤、ドライカットとスカイビングまで。読む →第 5 章ボール盤・中ぐり盤の系譜1912 年の枝型ボール盤の国産化、1938 年のジグ中ぐり盤の国産化と砲身中ぐり盤、高速ラジアルボール盤、大形の横中ぐりフライス盤、1965 年の NC ボール盤から横形 MC まで。読む →第 6 章放電加工機の系譜1943 年の放電加工の発見と 1948 年の東大の研究、1954 年の国産第 1 号機 Japaxtron D3、形彫り放電加工機と金型、1972 年のワイヤ放電加工機と NC、自動結線と世界の生産額の半分、リニアモータまで。読む →第 7 章複合加工機・5 軸の系譜1966 年のターニングセンタ、1972 年の池貝 FT500NA と 1979 年の日立精機 5LC、マザックのミルセンタと Y 軸・B 軸の INTEGREX、5 軸 MC の普及、自動化、金属積層造形との複合まで。読む →

海外の工作機械アーカイブ

日本の工作機械が手本にし、競い合ってきた国の歴史も、同じ作り(時代の章と、旋盤・フライス盤/MC・研削盤・歯車機械・その他の機械の章、出典つきの年表)でまとめています。

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⌛主な出来事(ミニ年表)

第 1〜6 章で確かめた出来事のうち、流れをつかむのに大事なものです。番号は下の出典、「コマ」は国立国会図書館デジタルコレクションのページです。

  1. 1889年5月明治22年池貝庄太郎が東京・芝金杉で池貝工場を創業(5月)。英式旋盤 2 台付きの借り工場から始め、同年末、弟の喜四郎と自家用の英式 9 フィート旋盤を作る。動力式で現存最古の国産旋盤(機械遺産第53号、国立科学博物館)[1][2・コマ45][2・コマ25][3・コマ26][4]
  2. 1905年明治38年池貝がフランシスの仕様書にもとづいて米式旋盤を作り、「池貝式標準旋盤」の量産を始める(それまでは主に英式)。月産 30 台ほどの量産も試みた[5・コマ65][4][3・コマ43][3・コマ44]
  3. 1912年大正元年碌々産業が、米国で身につけた技術で枝型ボール盤を国産化。国立科学博物館のデータベースは、日本の工作機械の外国技術導入の第一号と考えられるとし、この形はボール盤の標準になって近年まで作られた[6]
  4. 1920年大正9年樫藤鉄工所で 40 インチホブ盤が完成。独ファウター社のホブ盤を手本にしたもの[7・コマ105]
  5. 1921年10月大正10年農商務省が日本初の工作機械展覧会を大阪で開く(出品 126 社)。旋盤では池貝 GC 形・新潟の歯車掛け米式旋盤などが 1 等賞。国産機は輸入機の半値から 8 割ほど[2・コマ46][3・コマ49][3・コマ57]
  6. 1930年昭和5年岡本が呉海軍工廠の注文で国産初の平歯車研削盤 ASG-2 形を完成。最大ピッチ円直径 500mm・モジュール 8。終戦までに 13 台作られ、これを機に岡本は研削盤の総合メーカーになる[8][9]
  7. 1938年昭和13年工作機械製造事業法(法律第40号、3 月公布)。1 工場に設備工作機械 200 台以上などを条件に許可会社を指定し、池貝・新潟・東京瓦斯電気工業・大隈などが許可会社に(大隈は 7 月)[10][11・コマ22][3・コマ71][3・コマ72][3・コマ75]
  8. 1938年7月昭和13年東洋精機が事業法の許可会社になり、ジグ中ぐり盤(4 型)の生産を始める(同社は「我が国初のジグ中ぐり盤」とする)。スイス SIP 社の機械を手本にし、終戦までに約 220 台を作った[12][13]
  9. 1940年昭和15年唐津鐵工所が政府の特命で歯車形削り盤を開発(同社は国産第一号機とする)[14]
  10. 1943年昭和18年ソ連の物理学者ラザレンコ夫妻が、電気接点が放電で侵食される現象を金属の除去加工に使うことを論文で提唱し、特許を出願する(これが今の放電加工の原理の始まりとするのが定説)。1946 年にこの業績でスターリン賞[15][16・コマ55]
  11. 1954年3月昭和29年日本放電加工研究所が、国産の実用の放電加工機の第 1 号「Japaxtron D3」を完成させ、東京工業大学に納める。欧米とは違う独自の発想の機械で、火花放電穿孔機とも呼ばれた。2024 年に未来技術遺産(第 373 号)[17][15][18]
  12. 1956年昭和31年機械工業振興臨時措置法。合理化基本計画で工作機械メーカーの設備が改まる。生産額は 1955 年 37 億円→1957 年 150 億円[3・コマ110][19・コマ18]
  13. 1956年3月昭和31年大隈の GPB 形サイクリック円筒研削盤が完成。荒削り・仕上げ・定寸を一続きのサイクルで行い、第 2 回大阪国際見本市で注目される。非真円平軸受を使い、1969 年までに約 700 台(機械遺産第 59 号)[20・コマ72][20・コマ66][21]
  14. 1957年2月昭和32年東京工業大学精密工学研究所が NC 旋盤の試作に成功=日本で最初の NC 旋盤。油圧ならい旋盤を改造した同時 2 軸制御[2・コマ75][22・コマ34]
  15. 1958年3月昭和33年牧野が立フライス盤 K シリーズと、日本最初の NC フライス盤を開発。NC 装置は富士通信機製造の商用 1 号機[23][24][25]
  16. 1958年4月昭和33年大隈の LS 形実用高速旋盤(1956 年着手)。4 月の大阪国際見本市で初公開し月産 30 台で生産開始、1962 年に組立コンベアを完成。累計 3 万台を超える[26][20・コマ65][20・コマ74][20・コマ77]
  17. 1960年昭和35年日立製作所のグループが、2 アーム式の ATC(工具 8 本)を持つ NC 万能工作機を開発=マシニングセンタの国産第 1 号機。自社製の NC 装置 HIDAM-43、おそらく国産 NC 機で初のボールねじ、磁気テープの NC。翌 1961 年の東京国際見本市に出品[2・コマ92]
  18. 1962年昭和37年第 1 回日本国際工作機械見本市にオーエム製作所の NC 立旋盤が出品される。立タレット旋盤に富士通信機製造の NC 装置 207A の 1 号機を載せ、電気油圧パルスモータでボールねじを回す。「わが国初の NC 立旋盤」とされる[27][28][29・コマ4][29・コマ16]
  19. 1963年昭和38年『国産工作機械綜合カタログ』のホブ盤の欄に、唐津鉄工所・樫藤鉄工所・岡本工作機械製作所・新三菱重工業(三菱ローレンツ)・東芝機械・浜井産業・豊和産業・岩佐鉄工・清和鉄工などが並ぶ。歯車形削盤・傘歯車歯切盤・歯車研削盤・歯車仕上盤の欄もある[30・コマ73][30・コマ74][30・コマ75][30・コマ91]
  20. 1964年10月昭和39年第 2 回日本国際工作機械見本市に、大隈が自社の NC 装置 OSP200 を付けた GCS-N 形数値制御円筒研削盤を出品。メーカーが自分で開発した NC 装置として注目される[20・コマ81][20・コマ84][20・コマ86]
  21. 1966年昭和41年日本国際工作機械見本市に池貝鉄工・日立精機・牧野フライス製作所・安田工業などがマシニングセンタを出品。厳密には ATC を持たないものもあったが、MC 時代の始まりを示した[2・コマ92]
  22. 1967年昭和42年NC 旋盤の生産台数:1967 年 8 台 → 1968 年 66 台 → 1969 年 282 台 → 1970 年 589 台 → 1973 年 1,459 台(日本工作機械工業会の統計による)[31]
  23. 1967年11月昭和42年三菱重工業が MIB マシンの後継として自社で開発した「三菱フライス中ぐり複合工作機」MAF マシンの初号機を完成。造船・原子力の大型化に応える機械で、同社は「国内初の NC 中ぐりフライス盤」とする。タービンケーシング用で総重量 320 トン[32・コマ383][32・コマ546][33][34]
  24. 1968年9月昭和43年山崎鉄工所が NC 旋盤の第 1 号機「マザックターニングセンター(MTC)」を完成。発表時は 1 台 730 万円、FANUC 260 をもとにした簡易な NC[35][31]
  25. 1970年昭和45年山崎鉄工所の NC 旋盤 MTC-2500R(製造番号 200、FANUC 240・紙テープ・電気油圧パルスモータ)。国産の NC 旋盤として初めて米国へ輸出された。2008 年に里帰りし、2024 年に機械遺産第126号[36][35]
  26. 1972年昭和47年コンピュータを内蔵した CNC の時代へ。富士通の NC 部門が富士通ファナックとして独立して CNC を発表、大隈も自社の CNC(OSP2000)を出す。この年から工作機械の輸出が輸入を上回り続ける[24][25][37][38][39]
  27. 1972年昭和47年三菱電機が国産で最初のワイヤ放電加工機 DWC-50(DWC50S-LT1 形)を出す。高い NC を使わず、米国で開発された光学式の図面倣い装置で図面の線を追った。2024 年に未来技術遺産(第 374 号)[40][15][41]
  28. 1977年10月昭和52年豊田工機の CBN 生産形カム研削盤が第 12 回機械振興協会賞を受ける[11・コマ78]
  29. 1978年昭和53年森精機製作所の NC 旋盤 SL-2。NC 装置を機械に組み込んだ機電一体型で、9 年間に約 2,500 台を売り SL シリーズの元に[42]
  30. 1981年昭和56年工作機械の生産額に占める NC 化率が 50% を超える。旋盤の NC 化率は 70% を超え、NC 旋盤の生産額は 1,613 億円でピーク[19・コマ21][19・コマ46]
  31. 1981年昭和56年日本の放電加工機の生産額が 446 億円になり、世界の生産額(推計 900 億円)の約 50% を占める[15]
  32. 1982年昭和57年日本の工作機械生産額が米国を抜いて世界一に。2008 年まで 27 年間首位[19・コマ9][19・コマ22][39][43]
  33. 1983年4月昭和58年山崎鉄工所が複合加工機「SLANT TURN 40N ATC ミルセンタ」を完成[35]
  34. 1988年昭和63年ヤマザキマザックが「インテグレックス 40ATC ミルセンタ」を IMTS(シカゴ)に出す。ユーザーの要望だった Y 軸を足して 4 軸にし、工作物の側面も削れるようにした。複合加工機の削れる範囲がマシニングセンタの領域へ大きく広がった[44]
  35. 1994年3月平成6年キタムラ機械の横形マシニングセンタ「H-400 スーパーセル」が第 24 回中小企業向け自動化機械開発賞を受ける。A 軸・B 軸を足し、1 回の取付けで取付面以外の 5 面を 5 軸で削れる機械で、パレットの自動交換とワークの自動判別、ハンドリングロボットを組み合わせた。同社は、本機の発表で業界の 5 軸 MC への関心が高まり、他社も開発に動き出したと述べている[45・コマ18][45・コマ19][45・コマ5]
  36. 1997年平成9年ヤマザキマザックが X・Y・Z・C 軸に B 軸(工具主軸の旋回)を足した「インテグレックス 200SY」を開発。5 軸制御でタービンブレードのような立体の複雑な形が削れ、第 2 主軸で工作物を持ち替えて裏側まで続けて削れる[44]
  37. 2002年平成14年松浦機械製作所が、レーザーで金属の粉を固める金属光造形と、マシニングセンタの切削を 1 台にした金属光造形複合加工機を開発。2003 年に生産・販売を始め、2004 年に M-PHOTON25C が日本産業技術大賞を受け、LUMEX 25C を発表[46]

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第 1 章の年表(全部の出来事)へ →

第 2 章の年表(全部の出来事)へ →

第 3 章の年表(全部の出来事)へ →

第 4 章の年表(全部の出来事)へ →

第 5 章の年表(全部の出来事)へ →

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🔎一次資料の探し方

このアーカイブで使っている資料の多くは、だれでも同じものを見られます。メーカーの社名・機種名・年で引くのが近道です。

よくある質問(FAQ)

Q. 日本で最初に作られた国産旋盤は何ですか?
民間工場の製品として現在確認できる最も早い代表例は、1889(明治22)年に池貝工場(後の池貝鉄工所)が製作した自家用の9フィート英式旋盤です。官営工場ではそれ以前の幕末〜明治初期に試作・製作の記録があります(第1章「国産旋盤の系譜」参照)。
Q. 日本初の NC 工作機械やマシニングセンタはいつ登場しましたか?
1956年に東京工業大学が数値制御旋盤を試作し、1958年に富士通信機製造(現ファナック)と牧野フライス製作所が国産初の商業用 NC フライス盤を発表しました。マシニングセンタは1960年の日立精機・碌々産業の試作・発表から普及が始まりました(第2章参照)。
Q. 歴史的な工作機械(機械遺産・未来技術遺産)を実際に見学できる場所はありますか?
はい。国立科学博物館、日本工業大学工業技術博物館、産業技術記念館(トヨタ)、DMG森精機やヤマザキマザックの工作機械博物館などで実機が保存・展示されています。展示場所の一覧は「名機図鑑」ページにまとめています。

出典

国立国会図書館の資料は、個人向けデジタル化資料送信サービスで 2026 年 10 月に全文検索とページの画像で確かめました。

  1. 日本機械学会「機械遺産 第53号 池貝工場製第1号旋盤」
  2. 『日本の技術100年 ビジュアル版 第7巻』筑摩書房(1989)コマ 25・45・46・75・92
  3. 一寸木俊昭『日本の工作機械工業の発展過程の分析』(1963)コマ 26・43・44・49・57・71・72・75・110
  4. 池貝「企業情報(沿革)」
  5. 日本工学会『明治工業史 機械・地学篇』(1930)コマ 65
  6. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「碌々ボール盤一号機(枝型ボール盤)」
  7. 会田俊夫『歯車の技術史』開発社(1970)コマ 105
  8. 日本機械学会「機械遺産 第106号 ASG-2形平歯車研削盤」
  9. 岡本工作機械製作所「会社沿革」
  10. 国立公文書館デジタルアーカイブ「工作機械製造事業法・御署名原本・昭和十三年・法律第四〇号」
  11. 豊田工機『技に夢を求めて:豊田工機50年史』(1991)コマ 22・78
  12. 三井精機工業「沿革」
  13. 国立科学博物館 HITNET 産業技術史資料共通データベース「ジグ中ぐり盤」(日本工業大学 工業技術博物館の収蔵品 2 件)
  14. 唐津プレシジョン「沿革」
  15. 岩崎健史「放電加工機技術の系統化調査」国立科学博物館『技術の系統化調査報告』第32集(2023)
  16. 『精密仕上法』小峰工業出版(1955)コマ 55
  17. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「形彫放電加工機 Japaxtron D3」
  18. 国立科学博物館 重要科学技術史資料(未来技術遺産)第00373号「形彫放電加工機 Japaxtron D3」の登録資料票
  19. 日本工作機械工業会『成長、変革-。10年の記録 1982-91』(1992)コマ 9・18・21・22・46
  20. 大隈鉄工所『製品沿革写真集:創業70周年記念』(1968)コマ 65・66・72・74・77・81・84・86
  21. 日本機械学会「機械遺産 第59号 大隈式非真円平軸受とGPB形円筒研削盤」
  22. 『工作機械の数値制御』日刊工業新聞社(1960)コマ 34
  23. 牧野フライス製作所「沿革」
  24. ファナック「ファナックの歴史」
  25. 電気学会「でんきの礎 NC装置(数値制御装置)」(2013年顕彰)
  26. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「実用高速旋盤 LS540×800形」
  27. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「立旋盤 VT5-14 NC付立旋盤」
  28. 日本工作機械工業会「日工会の沿革」
  29. 『Fujitsu:技術情報誌』13(6)(1963年4月)コマ 4・16
  30. 『国産工作機械綜合カタログ 1963年版』コマ 73・74・75・91
  31. 日髙千景「NC工作機械に関する考察(2):1950年代・1960年代の日本」『三田商学研究』62巻6号 pp.73-94(2020年)
  32. 『海に陸にそして宇宙へ:続三菱重工業社史 1964-1989』三菱重工業(1990)コマ 383・546
  33. ニデックマシンツール「製品の歴史」
  34. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「横中ぐり 複合工作機 MAF」
  35. ヤマザキマザック「沿革」
  36. 日本機械学会「機械遺産 第126号 米国輸出を果たしたNC旋盤 MTC-2500R」
  37. オークマ「沿革」
  38. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「数値制御装置 OSP2000シリーズ」
  39. 日本工作機械工業会「日本の工作機械産業のあゆみ」
  40. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「ワイヤ放電加工機 DWC-50」
  41. 国立科学博物館 重要科学技術史資料(未来技術遺産)第00374号「ワイヤ放電加工機 DWC-50」の登録資料票
  42. 国立科学博物館 産業技術史資料データベース「NC旋盤 SL-2」
  43. 発明協会「戦後日本のイノベーション100選 NC工作機械」
  44. 鈴木信貴「モジュール型産業におけるインテグリティーの獲得 ―日本工作機械産業の事例―」『赤門マネジメント・レビュー』9巻9号 pp.635-662(2010年)
  45. 『機械振興』27巻3号(通巻310号)機械振興協会(1994年3月)「第24回中小企業向け自動化機械開発賞」コマ 5・18・19
  46. 松浦機械製作所「沿革について」