ITALY 05イタリアのフライス盤・マシニングセンタの系譜

イタリアのフライス盤は、20 世紀の初めには米国とドイツの機械を買うものでした。それが、タイプライターの Olivetti が自分の工場のために作った機械、Torino の金型を削る倣いフライス盤、Olivetti の NC とマシニングセンタ、Piacenza の Mandelli・MCM・Jobs の FMS と 5 軸機、Torino の Fidia の高速フライス盤と、自動車・金型・航空機の仕事に合わせて形を変えながら育っていきます。この章では、フライス盤の仕組み――テーブルを送る仕掛け(手送りと送りねじ → すき間を自動で詰める送りねじ → 油圧の倣い → NC のサーボ → リニアモータ)、刃物を替える仕掛け(手で替える → 工具マガジンの自動交換 → ヘッドの自動交換)、工作物を替える仕掛け(パレット → FMS)――がどう変わったか、それで現場の削り方がどう変わったかを、当時の新聞・業界誌・特許・国連の報告・会社の沿革で 1 つずつ確かめ、出来事ごとに出典を付けてたどります。

倣いから
5 軸まで
Piacenza へ!

マスコットのチップス

言葉を 3 つだけ先に。倣いフライス盤(fresatrice a copiare)は、模型の形をなぞる針(トレーサ)の動きに合わせてフライスを動かし、同じ形を金属に写す機械です。マシニングセンタ(centro di lavoro、MC)は、工具マガジンと自動工具交換装置を持ち、NC で穴あけ・中ぐり・フライス削りを続けて行う機械です。FMS(柔軟生産システム)は、何台もの MC をパレットの搬送装置とコンピュータでつなぎ、違う部品を人手を減らして流す仕組みです。今の機械の使い方はマシニングセンタと5 軸加工のページに、日本の MC の歴史は国産アーカイブ第 2 章にあります。大形の横中ぐりフライス盤(Pama・Innse)は第 8 章「その他の工作機械」で扱います。

輸入のフライス盤と OMO(1900〜1945 年)

1909 年、自動車工場のフライス盤は米国とドイツ

1909 年 5 月、米国商務労働省の担当官が Torino の自動車メーカー Itala(約 800 人、工作機械 480 台)を視察しました。フライス盤は、米国の Brown & Sharpe の平フライス盤と立てフライス盤、Cincinnati の平フライス盤と万能フライス盤、Becker-Brainard の立て・横のフライス盤、そしてドイツの Loewe・Reinecker・Deutsche Niles の機械です。報告が挙げたイタリア製の機械は、歯切り盤や工場で作った研削盤・中ぐり盤などで、フライス盤は入っていません[1]。

万能フライス盤は、テーブルを旋回させ、割出し台と組み合わせてねじれ溝や歯車まで削れるフライス盤です。ひざ形(ニー形)と呼ばれる形で、上下に動くひざの上にサドルとテーブルを重ね、3 方向を送りねじで送ります。自動車の部品の溝・平面・キー溝を削るのに欠かせない機械を、イタリアの自動車工場はまず輸入で揃えたのです(米国のフライス盤の流れはアメリカのフライス盤・MC の系譜)。

Roma の陸軍の精密工場では、フライス盤は Loewe と Wanderer(Chemnitz)が中心で、届いたばかりの Loewe もありました。イタリア製では Lago Maggiore の Züst の旋盤とフライス盤が使われています。この工場は、目盛り板を割り出す機械や立て形の倣い装置を自分で設計して作っていました[1]。Umbria 州 Terni の小銃工場では、最近買った米国 Garvin のフライス盤が好評で、ほかに Becker の No.1 立てフライス盤(5,500 リラ)と Becker-Brainard の No.2 立てフライス盤(1 台 3,000 リラ)が入っていました。工作機械 1,400 台のうち米国製は 10 台だけで、残りは 1880 年代に英国から入れた機械とドイツの機械でした[1]。1911 年の Torino 万国博覧会には、FIAT が自分の工場で作った旋盤・ボール盤・フライス盤・平削り盤を出品しています[2]。

Olivetti の OMO と Mandelli の始まり

Ivrea のタイプライターの Olivetti は、1926 年に工作機械の会社 OMO(Officina Meccanica Olivetti)をつくり、自分の工場で使うプレス・旋盤・フライス盤・研削盤・平削り盤を作りました。英国の Engineering 誌は 1957 年に、Olivetti の工場の工作機械はすべて OMO 製で、鋳物も 1922 年から自前だと伝えています[3]。タイプライターの小さな部品を大量に削るには、穴あけ・平面・溝の専用に近い機械がたくさん要ります。それを自分で作ることで、OMO はフライス盤の設計と製造の技術を社内に持つことになりました。

のちに MC と FMS のメーカーになる Piacenza の Mandelli は、1932 年に Renato Mandelli が機械部品の精密加工の個人工場として始めました[4]。最初は工作機械を使う側、つまり部品を削る町工場だったのです。

現場で何が変わったか。20 世紀の前半のイタリアでは、フライス盤は輸入の高価な機械で、量産の工場は米国の万能フライス盤とドイツの機械で溝や平面を削りました。Olivetti のように、部品の工場が自分で工作機械を作るところから、国産のフライス盤の技術が育ち始めます。

フライス平削り盤・倣いフライス盤と NC の始まり(1945〜1973 年)

Olivetti のフライス平削り盤 FP4

フライス平削り盤(fresatrice-pialla)は、平削り盤のように長いテーブルを門形の柱の間で往復させ、刃物の代わりに回るフライスのヘッドを載せた機械です。長い部品の平面を一度に削れます。Olivetti の社内誌 1953 年 1〜6 月号は、OMO の新しいフライス平削り盤 FP4 を紹介しています。最初の FP0 は創業者 Camillo Olivetti の設計で、その大形の FP2 とともに数百台ずつ作られ、イタリア・フランス・英国・南米で売れていました[7]。

FP4 の仕組みには、この時代のフライス盤の課題が表れています。ヘッドは 1〜3 個、テーブルの行程は 500・1,000・1,800mm。太い送りねじでテーブルを送り、ねじとナットのすき間(バックラッシ)を自動で詰めるので、ダウンカット(工具の回転と送りが同じ向きの削り方)ができ、静かで仕上げ面がよく、工具も長持ちします。超硬の負のすくい角の工具に耐える剛性を持たせ、戻りの早送りの代わりにもう 1 回の加工サイクルを入れれば、テーブルの片方で次の部品を取り付けながら反対側で削れました[7]。超硬工具を生かすには機械の剛性とすき間のない送りが要る、ということを、量産の工場の側から作ったフライス盤です。同じ号には、捺染(布の染め)のロールを彫る Olivetti の光電式パンタグラフ MR 3 も載っています。模様の絵を光で読んで刃物を動かす、倣いの一種です[7]。

Rambaudi の倣いフライス盤

自動車の車体のプレス型や鍛造型のような立体の金型は、模型を作り、その形を金属に写して削ります。倣いフライス盤はこのための機械で、トレーサ(なぞる針)が模型に触れて動くと、油圧や電気の仕掛けがフライスを同じだけ動かします。1940 年代に Torino で生まれた Rambaudi は[5]、その専門メーカーになりました。英国の業界誌 Machinery は、1967 年前半に三次元倣いフライス盤 Ramcop-3D、1969 年後半に油圧倣いの Ramcop 3D-1000 とベッド形の Ram-Mill、1972 年にベッド形立てフライス盤 Ram-Matic を取り上げています[8][12][14]。

1968 年 10 月の第 6 回 BI-MU(Milano の工作機械ビエンナーレ、出品 730)の新聞広告で、Rambaudi は「工具室用のフライス盤、油圧倣いフライス盤、電子倣いフライス盤、NC フライス盤」を並べています[10]。倣いの仕掛けが油圧から電子へ、そして NC へと移っていく途中の品ぞろえです。同じ BI-MU で、オランダの Philips は自社の NC 装置を Rambaudi・Mecof・Bragonzi・Icma などイタリアの機械に載せて見せ[10]、Pirelli グループの T.E.O.M.R. はタイヤの金型を削る連続制御 NC の二連フライス盤 Fresadue を出しました[11]。模型がなくても、数字で形を指令すれば削れる――金型の工場にとって、NC は倣いの次の道具として入ってきたのです。

Olivetti の NC とマシニングセンタ

Olivetti は 1960 年代に数値制御部(Divisione Controllo Numerico)をつくり、NC 装置、工作機械の位置を数字で表示する装置 RQ、測定機 Inspector とともに、自社の NC を載せたマシニングセンタを作りました。1967 年 9 月の La Stampa の全面広告によると、立て主軸の Auctor は点から点への位置決め(座標の点に移って止まり、そこで加工する方式)で穴あけ・タップ・中ぐり・フライス削りをこなし、Auctor Multiplex は 12 本の工具から必要なものを自動で選び、新しい横形の Horizon は 31 本まで工具を持てました。この年 9 月の Hannover の欧州工作機械見本市にも出品しています[9]。

工具を自動で替えられると、穴あけ・中ぐり・フライス削りを 1 台・1 回の段取りで続けて行えます。広告は「中・小量の仕事をする機械工業の競争力を何倍にもする」と書いています[9]。1969 年 3 月には、Olivetti の Elio Pagella と Carlo Guerci が、主軸に付けて回す刃物台の半径方向の送りをステップモータで NC から直接動かす装置を出願しました。それまでは歯車や遊星歯車で送り、始めるのに人の手が要った面削り・溝入れを、NC の 1 サイクルで終えるためのものです(米国特許 3,710,659、1973 年成立)[13]。

Mandelli の EGO と REGENT

Piacenza の Mandelli は、1960 年に息子たちと合名会社になり、1965 年に最初の工作機械 POSITIV・MEDAL・THEMA を作りました。続いて、同社の沿革が「マシニングセンタの基本の特徴を備えた最初の機械」と呼ぶ EGO を作り、株式会社になります(年は 1965〜70 年の間)。1970 年には、組み合わせてより大きな装置に組み込めるモジュール式の REGENT を出し、航空機のチタンの加工も手がけ始めました[4]。

現場で何が変わったか。金型の工場では、倣いフライス盤で「模型を作って写す」仕事が広まり、1960 年代の終わりには模型の代わりに数字で形を指令する NC が入ってきます。部品の工場では、工具を自動で替える MC で、ボール盤・フライス盤・中ぐり盤を渡り歩いていた部品が 1 台で仕上がるようになりました。今の NC の書き方はNC プログラム、CAD/CAM はCAD/CAMのページにあります。

マシニングセンタ・5 軸・FMS(1974〜1993 年)

Fidia:金型を削るための NC

1974 年、Politecnico di Torino を出た若い技術者 2 人が Torino で Fidia をつくりました。当時新しかった小型コンピュータを使い、模型や金型の自由な曲面(彫刻のような面)をフライスで削るための NC 装置を作る会社です。創業者の 1 人 Giuseppe Morfino は、社名を、Athenai の Parthenon の彫刻を作った古代ギリシャの彫刻家 Phidias から取りました[15][16]。倣いフライス盤の「模型をなぞる」仕事を、コンピュータの曲面の計算で置き換えるのが Fidia の狙いでした。

Mandelli の FMS と QUASAR

Mandelli は 1975 年に最初の FMS を作り、ドイツ(Wiesbaden)とフランス(Paris 近郊)に販売とサービスの子会社をつくりました。同社の沿革によると、1980 年には日本のアマダと生産ライセンスの契約を結び、自社の NC 装置 Plasma も開発しています(アマダ側の資料では確かめられませんでした)。1980〜81 年の MC QUASAR は、Olivetti のタイプライターや計算機のデザインで知られる Ettore Sottsass と Matteo Thun がデザインしました[4][20]。1987 年には、米国の GE とともに英国 Molins の FMS の特許のライセンスを受けています[22]。1989 年 12 月に Milano の証券取引所に上場し、IBM Italia と応用研究の合弁 Spring をつくりました[4]。

MCM:パレットと FMS の横形 MC

1978 年に Piacenza で生まれた MCM(Machining Centers Manufacturing)は、1979 年にカルーセル式(回転する円盤に工具を並べる)の工具交換装置を持つ横形 MC、PROGRESS を出しました。1982 年の CONNECTION は、4 枚のパレットと、工具を同心の 2 列の円に並べたマガジンを一体にした横形 MC です。パレットの上で次の工作物を段取りしておけば、加工が終わった瞬間に入れ替えて機械を止めずに回せます。1985 年には英国のブレーキの会社 Lucas Girling に最初の FMS を納めました[17]。

Jobs:5 軸の移動コラムと門形

1978 年に工場の自動化の機械の会社として生まれた Piacenza の Jobs は、1981 年に主軸 18,000 回転の 5 軸・移動コラム形のフライス盤 Jomach 16 を出しました。重い工作物を動かさず、柱(コラム)の側を動かす形です。1982 年の Jomach 25 は、意匠モデルや航空機部品を削る高速 5 軸の移動門形、1985 年の Jomach 35 は加工範囲が約 40m³ の移動クロスレール形でした[18]。5 軸の機械は、工具を傾けて曲面に当てられるので、自動車の意匠モデルや金型、航空機の部品の曲面を、何回も段取りし直さずに削れます。

大形の門形フライス盤:Carnaghi

立て旋盤の Pietro Carnaghi は 1981 年、Villa Cortese に加工工場 ISPA をつくり、大形の門形(ガントリー)フライス盤を作り始めました。のちに UNIMILL の名で知られる機械です[21]。門形は、2 本の柱と横の梁(はり)で門の形を作り、梁に沿って主軸頭を動かす形で、大きく重い工作物をテーブルに載せたまま広い面を削れます。立て旋盤と同じく、発電機・建設機械・航空機の大物の部品のための機械です(立て旋盤は第 4 章)。

1988 年、米国を上回る

1991 年の国連工業開発機関(UNIDO)の報告によると、イタリアは 1978 年から工作機械の生産で世界 5 位になり、1988 年には生産額で米国を上回って世界の約 7.5% を占めました。日本と同じように、中小企業からの柔軟な設備の需要で NC 機の生産が伸び、イタリアは欧州で 2 番目の NC 機の生産国になっています[23]。1988 年の工作機械の売上は、FIAT グループの Comau(イタリアと欧州で最大)が 3 億 8,000 万ドル、Mandelli が 1 億 1,000 万ドルでした[23](Comau の FMS は第 3 章で扱います)。同じ報告は、イタリアの工作機械メーカー(約 450 社のうち 300 社の調査)の 72% が 50 人未満の会社で、工業の 71% が Lombardia 州と Piemonte 州に集まっているとしています[23]。会社の平均の大きさがイタリアの 5 倍だったドイツ(同じ報告)と違い、小さな会社がそれぞれの機種に絞って作るのがイタリアの形でした。

現場で何が変わったか。MC にパレットと搬送装置が付き、FMS になると、機械は夜も人なしで部品を削り続けられます。5 軸の移動コラム・門形の機械は、大きな工作物を動かさずに曲面を削れるようにしました。イタリアの MC メーカーは、自動車・航空機・金型の大きく複雑な仕事に合わせた、注文に近い機械とシステムを得意にしていきます。

★高速・5 軸と再編(1990 年〜)

Fidia の高速フライス盤

NC 装置の Fidia は、1990 年ごろから San Mauro Torinese で自社ブランドのフライス盤を作り始め、高速フライス削り(HSM)の機械へ進みました。1994 年には約 180 人で、Frankfurt・Zürich・Detroit・Bilbao・Paris・北京に子会社を持ち、北京では中国の 2 つの機関と合弁をつくっていました[15][16]。高速フライス削りは、主軸を高く回し、小さな切り込みで速く送って、金型の曲面を仕上げまで削る方法です。手で磨く手間を減らせるので、金型の工場で広まりました。NC 装置と機械の両方を作れる会社は少なく、Fidia はその 1 つです[15]。2000 年には Milano の証券取引所に上場しました[26][27]。

ヘッドの交換とリニアモータ

Jobs は 1990 年に、37kW の主軸と自動ヘッド交換の Jomach 245 を出し、1995 年には B.U.S.S.(ヘッドを自動で交換して、荒削り・中仕上げ・仕上げを 1 回の段取りで終える仕組み)を出しました。2000 年の LinX Compact は、軸をリニアモータで直接動かす大形の高速フライス盤です[18]。2002 年の米国の業界誌によると、LinX には Blitz・Compact・Design があり、主軸は交換式、Jobs の 5 軸機は世界に約 650 台入っていました[25]。

MCM も、1993 年に高速主軸と速い工具交換の CLOCK HP、1997 年にリニアモータの FORERUNNER、2001 年に傾くヘッドの 5 軸 MC と、リニアモータで航空機の構造部品を削る Jet Five を出し、1995 年には Dassault Aviation に 5 軸セル 4 台の FMS を納めています[17]。リニアモータは、ボールねじの回転を直線の動きに変える代わりに、磁石の力で直接テーブルや主軸頭を動かします。ねじのすき間や摩耗がなく、加速が速いので、細かい送りを繰り返す曲面の仕上げに向きます。

Mandelli の危機と SPARK

1993 年の世界的な不況で Mandelli は行き詰まり、国は 1994 年 1 月に Mandelli industriale、3 月に Mandelli S.p.A. を大企業の特別管理の下に置きました[24]。同じ年、会社はイタリアの企業家のグループに引き取られ、1995 年 5 月の EMO Milano に中・大形の MC、STORM と ROCK を出します[4]。2002 年には Riello グループの一員として、5 軸の THUNDER などを作っていました[25]。

2005 年の SPARK X は、直線の 3 軸をすべて工具の側に置き、工作物はベッドに固定した回転テーブルに載せる横形 5 軸 MC です。重い工作物を X・Y・Z に動かさないので、動く部分が軽くなり、速く正確に動かせます。2008 年には、Boeing 787 の長さ 6m のチタン部品を削る 5 軸機 RUMBLE のラインを受注しました[4]。

再編:Sachman・FFG・RIFA・Nidec

倣いフライス盤の Rambaudi は 2002 年 7 月に営業を止め(Rivoli の 186 人)、9 月に Reggio Emilia のフライス盤・MC の Sachman が買い取りました[6][5]。2009 年に Jobs が Sachman を吸収し、2012 年には縦形 MC の Sigma(Vigevano)の過半数も取って、Jobs・Sachman・Rambaudi・Sigma をまとめる FFG Europe(台湾の Fair Friend グループ系)ができます。2014〜15 年に生産は Piacenza に集められました[18]。MCM は 2014 年に RIFA グループの傘下に入り[17]、Mandelli は 2021 年に Allied International のグループに入りました[4]。

Fidia は 2012 年には中国の子会社で、Fidia の設計の NC 装置とフライス盤を作って売っていましたが[28]、2019 年からの資金難で 2020 年 11 月に会社の再建手続き(concordato)を申請し、2022 年 6 月に裁判所の認可を受けました[29]。2023 年 2 月には、日本の Nidec が、1926 年に Verona で生まれ、いまは Rovereto に本社を置く横中ぐりフライス盤のメーカー PAMA(約 430 人)の全株を取得しています[30]。PAMA と Innse の大形の横中ぐりフライス盤の歴史は、第 8 章「その他の工作機械」で扱います。

現場で何が変わったか。1990 年代からの高速主軸・ヘッドの自動交換・リニアモータで、金型や航空機の部品は「荒削りから仕上げまで 1 台・1 回の段取り」で削るものになりました。手で磨く時間が減り、加工のプログラム(CAM)が仕上がりを決めるようになります。イタリアの MC メーカーの多くは、今は台湾・日本・イタリアのグループの中で、大形・5 軸・航空機向けの専門メーカーとして残っています。

日本とのつながり

確かめられたつながりは 3 つです。1 つめは、Mandelli の沿革にある1980 年のアマダとの生産ライセンスの契約です。どちらがどの機械を作るライセンスだったのかは、沿革に書かれておらず、アマダ側の資料でも確かめられませんでした[4]。2 つめは、2023 年の Nidec による PAMA の買収です。PAMA は今、Nidec の指揮下の会社として、自社の横中ぐりフライス盤・MC とともに、Nidec Machine Tool の MC(MVR-HX シリーズ)を扱っています[30][31]。

3 つめは、国際機関の報告が見た日本とイタリアの似たところです。1991 年の UNIDO の報告は、イタリアの NC 機の生産が伸びた理由を「日本と同じように」中小企業の柔軟な設備の需要に求め、さらに、イタリアと日本では大きく柔軟な下請けの網があることが、NC 工作機械の高い普及と結びついているようだと書いています[23]。同じ報告は、NC 機の台数がいちばん多いのは米国だが、据え付けた機械の中の NC 機の割合はイタリアが最も高いとみられる、とも書いています[23]。日本の MC の歩みは国産アーカイブ第 2 章の年表に、日本の 5 軸・複合加工機は第 7 章にあります。

⑂メーカーの系図

イタリアのフライス盤・MC の主なメーカーの、社名と持ち主の移り変わりです。帯の色が変わるところで社名や持ち主が変わります。Olivetti の工作機械の部門は、確かめられた最後の年(Auctor と NC の刃物台の特許)で帯を止め、その先を点線にしています。Rambaudi の創業は「1940 年代」とだけ分かっているので、1945 年から描いています。

1900192019401960198020002020OMO(Officina Meccanica Olivetti、Ivrea)Olivetti 数値制御部Renato Mandelli(Piacenza)Officina Mandelli SncMandelli S.p.A.Mandelli SistemiAllied InternationalRambaudi(Torino・Rivoli)Sachman の傘下Jobs のブランドFidia(Torino)再建手続きFidiaJobs(Piacenza)Jobs(FFG Europe)MCM(Piacenza)MCM(RIFA)PAMA(Verona → 1980 年代に Rovereto)Nidec の傘下帯の区切りが社名の変更。赤い矢印は合併・事業の譲渡の行き先。右端の › は今も続く会社。点線はその先が未確認。
出典:各社の沿革と社史 [3][7][9][13][4][24][25][5][6][18][15][29][17][30][31]

見に行ける所

イタリアには、フライス盤や MC を常設で見せる工作機械の博物館は、今回の調べでは見つかりませんでした。工作機械を作った会社の町並みと文書館、今の機械が並ぶ見本市を挙げます。公開日・見学の可否は、行く前にそれぞれの案内で確かめてください。

Ivrea, città industriale del XX secolo(世界遺産)Ivrea(Piemonte 州)Olivetti が 1930〜60 年代に築いた工場・事務所・保育所・食堂・社宅の町並み。2018 年に世界遺産に登録。フライス平削り盤 FP4 や Auctor の MC を作った Olivetti の工作機械の部門もこの町にあった。建物の外観は町を歩いて見られる[32][3][9]
Associazione Archivio Storico OlivettiIvrea(Piemonte 州)Olivetti の文書館と図書館。社内誌『Rivista Olivetti』など、OMO と数値制御部の資料を探す入り口。文書館は平日に予約制、図書館は無料[33][7]
BI-MU(fieramilano)Rho(Lombardia 州、Milano の隣)イタリアの工作機械の見本市。1968 年が第 6 回で、2 年ごとに開かれ、2026 年 10 月が第 35 回。Piacenza の MC メーカーや高速 5 軸機の今の機械をまとめて見られる[34][10]

⌛年表

この章で確かめた出来事のすべてです。番号は出典で、押すとその資料(ページが分かるものはそのページ)が開きます。「p.」は本・報告のページ、「コマ」は Internet Archive のスキャンの通し番号です。会社の沿革だけが根拠の出来事は、出典が 1 つになっています。

輸入と OMOフライス平削り盤倣いと NCMC・5 軸・FMS高速・リニア再編1900194019802020190919261953196719741981198820002023黄色の点は大事な出来事(下の表の ★、年は混み合うところを省略)。時代の区切りの年は目安です。

輸入のフライス盤と OMO1900〜1945 年

年出来事メーカー・機種出典
1909年5月★米国の担当官が Torino の自動車工場 Itala を視察。フライス盤は米国の Brown & Sharpe(平・立て)、Cincinnati(平・万能)、Becker-Brainard(立て・横)と、ドイツの Loewe・Reinecker・Deutsche Niles の機械だった。報告が挙げたイタリア製の機械は、歯切り盤や工場で自作した研削盤・中ぐり盤などで、フライス盤は入っていないItala(Torino)Brown & Sharpe・Cincinnati・Becker-Brainard・Loewe・Reinecker[1・p.165][1・p.166]
1909年5月Roma の陸軍の精密工場のフライス盤は Loewe と Wanderer が中心で、届いたばかりの Loewe もあった。イタリア製は Züst の旋盤とフライス盤。工場は立て形の倣い装置を自分で設計して作っていた。Terni では最近買った米国 Garvin のフライス盤が好評だったLaboratorio di Precisione(Roma)・Terni の小銃工場Loewe・Wanderer・Züst・Garvin[1・p.168][1・p.169]
1911年Torino 万国博覧会に、自動車メーカーの FIAT が自社で作った旋盤・ボール盤・フライス盤・平削り盤を出品。同じ部門にドイツの Reinecker が万能・立てフライス盤を出したFIAT(Torino)旋盤・ボール盤・フライス盤・平削り盤[2・コマ94][2・コマ95]
1926年★Olivetti が自社の工場の工作機械を作る OMO を Ivrea につくる。プレス・旋盤・フライス盤・研削盤・平削り盤を作り、のちに外にも売った1962 年の独語の社史に 1924 年と読める箇所があるが、Engineering 誌(1957)の 1926 年を採ったOMO(Officina Meccanica Olivetti、Ivrea)フライス盤・研削盤・平削り盤[3・コマ9]
1932年Renato Mandelli が Piacenza で機械部品の精密加工の個人工場を始めるMandelli(Piacenza)[4]

フライス平削り盤・倣いフライス盤と NC の始まり1945〜1973 年

年出来事メーカー・機種出典
1940年代Torino で Rambaudi が生まれる。のちにフライス盤と旋盤のメーカーとして知られるようになる創業年は「1940 年代」とだけ書かれている(l'Unità 2002)。2002 年の La Stampa は「半世紀以上」とするRambaudi(Torino)[5][6]
1953年★Olivetti がフライス平削り盤 FP4 を発表。Camillo Olivetti が設計した FP0、その大形の FP2(どちらも数百台)の後継で、ヘッドは 1〜3 個、テーブル行程は 500・1,000・1,800mm。太い送りねじのすき間を自動で詰めてダウンカットができ、負のすくい角の超硬工具に耐える剛性を持たせたOMO(Olivetti)フライス平削り盤 FP4[7・コマ991][7・コマ993]
1965年1960 年に息子たちと Snc(合名会社)になった Mandelli が、最初の工作機械 POSITIV・MEDAL・THEMA を作り、今の工場の最初の建物を建てるMandelliPOSITIV・MEDAL・THEMA[4]
1967年前半★英国の業界誌 Machinery が Rambaudi の三次元倣いフライス盤 Ramcop-3D を紹介する索引 p.1320。記事本文は未見Rambaudi(Torino)Ramcop-3D[8]
1967年9月★Olivetti が自社の NC 装置を載せたマシニングセンタを宣伝。立て主軸の Auctor は点から点への位置決めでドリル・タップ・中ぐり・フライス削りをこなし、Auctor Multiplex は 12 本の工具を自動で選び、新しい横形の Horizon は 31 本まで持てた。9 月の Hannover の欧州工作機械見本市に出品Olivetti 数値制御部Auctor・Auctor Multiplex・Horizon[9]
1960年代後半★Mandelli が、マシニングセンタの基本の特徴を備えた最初の機械 EGO を作り、会社を株式会社(S.p.A.)にする公式の沿革は 1965〜1970 年の欄に書くだけで、年は特定できないMandelliEGO[4]
1968年10月第 6 回 BI-MU(Milano)に 730 の出品。Rambaudi は工具室用・油圧倣い・電子倣い・NC のフライス盤を並べ、Philips は自社の NC 装置を Rambaudi・Mecof・Bragonzi・Icma などの機械に載せて見せたBI-MU・Rambaudi・Mecof ほか倣いフライス盤・NC フライス盤[10]
1968年10月Pirelli グループの T.E.O.M.R. が、タイヤの金型を削る連続制御 NC の二連フライス盤 Fresadue を第 6 回 BI-MU に出すT.E.O.M.R.(Pirelli グループ)Fresadue[11]
1969年後半Machinery 誌が Rambaudi の油圧倣いフライス盤 Ramcop 3D-1000 とベッド形の Ram-Mill を取り上げるRambaudiRamcop 3D-1000・Ram-Mill[12]
1969年3月Olivetti の Elio Pagella と Carlo Guerci が、主軸に付けて回す刃物台の半径方向の送りを、NC からステップモータで直接動かす装置をイタリアに出願(3 月 4 日)。面削りや溝入れを人の手を介さずに 1 サイクルで終える。米国特許は 1973 年 1 月 16 日に成立OlivettiNC の刃物台(米国特許 3,710,659)[13]
1970年Mandelli が、組み合わせてより大きな装置に組み込めるモジュール式の新しい機種 REGENT を発表。航空機のチタンなどの加工も手がけ始めるMandelliREGENT[4]
1972年Machinery 誌が Rambaudi のベッド形立てフライス盤 Ram-Matic を紹介するRambaudiRam-Matic[14]

マシニングセンタ・5 軸・FMS1974〜1993 年

年出来事メーカー・機種出典
1974年★Politecnico di Torino を出た若い技術者 2 人(その 1 人が Giuseppe Morfino)が Fidia をつくる。小型コンピュータを使い、模型や金型の自由曲面をフライスで削る NC 装置を作る。社名は古代ギリシャの彫刻家 Phidias からFidia(Torino)金型用の NC 装置[15][16]
1975年★Mandelli が最初の FMS(複数の MC を搬送装置とコンピュータでつなぐ柔軟生産システム)を作り、Wiesbaden と Paris 近郊に販売・サービスの子会社をつくるMandelliFMS[4]
1978年MCM(Machining Centers Manufacturing)がつくられる。翌 1979 年に、カルーセル式の工具交換装置を持つ最初の横形 MC、PROGRESS を出すMCM(Piacenza)[17]
1978年工場の自動化の機械を作る Jobs が生まれ、1979 年に重量物を扱う 5〜6 軸のロボットを出す1986 年のイタリアの雑誌の記事(米国政府の翻訳)は、Jobs を「1979 年に Mandelli を出た 2 人の技術者がつくった」とし、工作機械に付ける搬送ロボットが得意で、1984 年に 23 台を売ったと書く。年は会社の沿革(1978 年)と 1 年ずれるJobs(Piacenza)[18][19・p.18]
1980年Mandelli の沿革によると、この年に日本のアマダと生産ライセンスの契約を結ぶ。自社の NC 装置 Plasma も開発アマダ側の資料では確かめられなかった。どの機械のライセンスかも未確認Mandelli・アマダ(日本)生産ライセンス・NC 装置 Plasma[4]
1981年★Jobs が、主軸 18,000 回転の 5 軸・移動コラム形のフライス盤 Jomach 16 を出すJobsJomach 16[18]
1981年Mandelli の MC、QUASAR を、建築家・デザイナーの Ettore Sottsass と Matteo Thun がデザインするMandelli の沿革は 1980 年の欄、Sottsass Associati の作品目録は 1981 年。1979〜80 年とする本もあるMandelliQUASAR[4][20]
1981年立て旋盤の Pietro Carnaghi が Villa Cortese に加工工場 ISPA をつくり、大形の門形(ガントリー)フライス盤を作り始める(のちの UNIMILL)Pietro Carnaghi門形フライス盤[21]
1982年MCM が 4 枚パレットとカルーセル式工具マガジン(工具を同心の 2 列に並べる)を一体にした横形 MC、CONNECTION を出す。Jobs は、意匠モデルや航空機部品を削る高速 5 軸の移動門形 Jomach 25 を出すMCM・JobsCONNECTION・Jomach 25[17][18]
1985年MCM が英国 Lucas Girling に最初の FMS を納める。Jobs は、加工範囲が約 40m³ の移動クロスレール形 5 軸フライス盤 Jomach 35 を出すMCM・JobsFMS・Jomach 35[17][18]
1987年10月Mandelli が米国の GE とともに、英国 Molins の FMS の特許のライセンスを受けるAmerican Machinist の索引(Oct p.21)。記事本文は未見Mandelli・GE(米)Molins の FMS 特許[22]
1988年★イタリアの工作機械の生産額が米国を上回り、世界の約 7.5% に(1978 年から世界 5 位)。中小企業の柔軟な設備の需要で NC 機の生産が伸び、欧州で 2 番目の NC 機の生産国に。工作機械の売上は Comau(FIAT グループ)3 億 8,000 万ドル、Mandelli 1 億 1,000 万ドルイタリアの工作機械工業[23・p.63][23・p.38][23・p.39]
1989年12月Mandelli が 12 月 18 日に Milano の証券取引所に上場。IBM Italia と応用研究の合弁 Spring をつくるMandelli[4]
1990年ごろ★NC 装置の Fidia が、自社ブランドのフライス盤を San Mauro Torinese で作り始め、高速フライス削り(HSM)の機械へ進むFidia は「90 年代の初め」とし、1994 年 12 月の記事は「4 年前から」とする。1994 年には約 180 人、北京など 6 か所に子会社があったFidia(San Mauro Torinese)高速フライス盤[15][16]
1990年Jobs が、37kW の主軸と自動ヘッド交換の Jomach 245 を出し、重切削の 5 軸機に広げるJobsJomach 245[18]
1993年MCM が高速主軸と速い工具交換の横形 MC、CLOCK HP を出すMCMCLOCK HP[17]

高速・5 軸と再編1994 年〜

年出来事メーカー・機種出典
1994年1月1993 年の世界的な不況で Mandelli の経営が行き詰まり、国が Mandelli industriale を特別管理の下に置く(1 月 15 日、3 月 15 日に Mandelli S.p.A. も)。同じ年、Mandelli はイタリアの企業家のグループに引き取られるMandelli[24][4]
1995年Mandelli が 5 月の EMO Milano に中・大形の MC、STORM と ROCK を出す。Jobs はヘッドを自動で交換して荒削りから仕上げまで 1 回の段取りで終える B.U.S.S. を、MCM は Dassault Aviation に 5 軸セル 4 台の FMS を納めるMandelli・Jobs・MCMSTORM・ROCK、B.U.S.S.、Clock 900 Mirror[4][18][17]
1997年MCM がリニアモータで軸を動かす MC、FORERUNNER を出すMCMFORERUNNER[17]
2000年★Jobs が、軸をリニアモータで動かす大形の高速フライス盤 LinX の最初の機種 LinX Compact を出す。2002 年には Blitz・Design が加わり、主軸は交換式JobsLinX Compact[18][25]
2000年Fidia が Milano の証券取引所に上場する。9 月の臨時株主総会で、成長企業向けの新しい市場 Nuovo Mercato への上場の手続きを始めると決めていた会社の資料は「2000 年から上場」とだけ書く。2001 年 10 月の新聞の株価欄では Nuovo Mercato の銘柄に並ぶFidia[26][27]
2001年MCM が、傾くヘッドを持つ 5 軸 MC と、リニアモータで大きな航空機の構造部品を削る Jet Five を出すMCMJet Five[17]
2002年7月Rivoli の Rambaudi(186 人)が営業を止め、9 月にフライス盤と MC の Sachman が買い取るRambaudi・Sachman(Reggio Emilia)[6][5]
2002年12月米国の業界誌が BI-MU 2002 を紹介。Mandelli Sistemi は Riello グループの一員で、5 軸の THUNDER などを出し、Jobs は 5 軸機を世界に約 650 台納めていたMandelli Sistemi・Jobs[25]
2005年Mandelli が、直線の 3 軸をすべて工具の側に置き、工作物はベッドに固定した回転テーブルに載せる横形 5 軸 MC、SPARK X を出すMandelliSPARK X[4]
2008年Mandelli が、Boeing 787 の長さ 6m のチタン部品を削る 5 軸機 RUMBLE の複数台のラインを受注MandelliRUMBLE[4]
2009年10月Jobs が Sachman の事業を吸収する(10 月 1 日)Jobs・Sachman[18]
2012年Jobs が縦形 MC の Sigma(Vigevano)の過半数を取り、Jobs・Sachman・Rambaudi・Sigma をまとめる FFG Europe ができる(台湾の Fair Friend グループ系)。2014〜15 年に Sachman・Rambaudi・Sigma の生産を Piacenza に集めるJobs・Sigma・FFG Europe[18]
2012年Fidia の中国の子会社 Shenyang Fidia NC&M が、Fidia の設計の NC 装置とフライス盤を中国で作って売る。瀋陽機床(Shenyang Machine Tool)との共同の開発には瀋陽市の補助金が出ていたFidia・瀋陽機床(中国)[28]
2014年RIFA グループが MCM の経営権を取るMCM・RIFA[17]
2020年11月2019 年からの資金難で、Fidia が会社の再建手続き(concordato)を申請(11 月 13 日)。2022 年 6 月 24 日に裁判所が認めたFidia[29]
2021年6月Mandelli が Allied International のグループに入るMandelli・Allied International[4]
2023年2月★日本の Nidec が、1926 年創業の横中ぐりフライス盤のメーカー PAMA(約 430 人)とその関係会社の全株を取得(2 月 1 日)Nidec(日本)・PAMA(Rovereto)横中ぐりフライス盤・MC[30][31]

よくある質問

イタリアで最初のマシニングセンタはどれですか?
決められる資料は見つかっていません。Mandelli は、1960 年代後半の EGO を「マシニングセンタの基本の特徴を備えた最初の機械」と沿革に書いています。Olivetti は 1967 年 9 月の新聞広告で、12 本の工具から自動で選ぶ Auctor Multiplex と、31 本まで持てる横形の Horizon を「マシニングセンタ」として宣伝しています。どちらが先かは確かめられませんでした。
Piacenza にマシニングセンタのメーカーが多いのはなぜですか?
Mandelli(1932 年)、MCM(1978 年)、Jobs(1978 年)がそろって Piacenza の会社で、FFG Europe の Sachman・Rambaudi・Sigma の生産も 2014〜15 年に Piacenza に集められました。ただ、なぜ Piacenza に集まったのかを直接説明した資料は、今回は見つかりませんでした。1991 年の UNIDO の報告は、イタリアの工作機械工業の 71% が Lombardia 州と Piemonte 州にあるとしています(Piacenza は両州に接する Emilia-Romagna 州の町です)。
Fidia はどんな会社ですか?
1974 年に Torino で生まれた、金型の曲面を削るための NC 装置の会社です。1990 年ごろから自社のフライス盤を作り、高速フライス盤のメーカーになりました。NC 装置・機械・ソフトウェアを全部自分で作れる数少ない会社ですが、2020 年に再建手続きを申請し、2022 年に認可を受けています。
イタリアのフライス盤・MC のメーカーと日本の関係はありますか?
Mandelli の沿革には 1980 年のアマダとの生産ライセンスの契約があります(アマダ側の資料では未確認)。2023 年には日本の Nidec が横中ぐりフライス盤の PAMA を買い、PAMA は Nidec Machine Tool の MC も扱っています。

この先と関係するページ

出典

新聞(La Stampa・Il Piccolo・l'Unità)、官報(Gazzetta Ufficiale)、英米の業界誌、Olivetti の社内誌、1909 年の米国の報告と 1911 年の万博の目録は Internet Archive のスキャンで、特許は米国特許の公報で、国連の報告・会社の年次報告と沿革・会社の発表は各ページで、2026 年 10 月に確かめました。英米の業界誌の索引だけで確かめた記事(本文は未見)は、出典の題にそう書いています。会社自身の沿革だけが根拠の出来事は、本文で「同社の沿革では」と書き分けています。「コマ」は Internet Archive のスキャンの通し番号(n 番号)、UNIDO の報告の番号は PDF のページ(印刷のページと同じ)です。

  1. United States Department of Commerce and Labor, Bureau of Manufactures『Machine-tool trade in Austria-Hungary, Denmark, Russia, and Netherlands, with supplementary reports on Italy and France』Government Printing Office(1910。イタリアの工場の視察は 1909 年 5 月)p. 165・166・168・169
  2. Esposizione internazionale delle industrie e del lavoro, Torino 1911『Catalogo generale ufficiale』(1911)※番号はスキャンのコマ(Internet Archive の n 番号)コマ 94・95
  3. 『Engineering』vol.184 no.4765(London、1957 年 7 月 5 日)「Olivetti」※番号はスキャンのコマコマ 9
  4. Mandelli Sistemi「Azienda」(沿革 1932〜2021)
  5. 『l'Unità』2002 年 9 月 5 日「Sachman: concluso l'acquisto della Rambaudi」
  6. 『La Stampa』2002 年 7 月 4 日「Chiude la Rambaudi」
  7. 『Rivista Olivetti』1953 年 1〜6 月号 p.56「La nuova Fresatrice-Pialla Olivetti FP4」・p.66「Il Pantografo Fotoelettrico Olivetti MR 3」(社内誌の合本 1947〜1953、Associazione Archivio Storico Olivetti の所蔵本のスキャン)※番号はスキャンのコマコマ 991・993
  8. 『Machinery and Production Engineering』vol.110(1967 年 1〜6 月)索引「Rambaudi Ramcop-3D copy milling machine」p.1320
  9. 『La Stampa』1967 年 9 月 17 日 Olivetti 数値制御部の全面広告「I Machining Centers della Olivetti」
  10. 『La Stampa』1968 年 10 月 10 日 第 6 回 BI-MU(工作機械ビエンナーレ)特集(UCIMU 広報の談話、Rambaudi・Philips の広告)
  11. 『Il Piccolo』1968 年 10 月 15 日「T.E.O.M.R. alla Biennale」
  12. 『Machinery and Production Engineering』vol.115(1969 年 7〜12 月)索引「Rambaudi Ramcop 3D-1000 hydraulic copy」「Ram-Mill bed-type」p.1028
  13. 米国特許 3,710,659「Automatically controlled tool holding device」Ing. C. Olivetti & C. S.p.A.(発明者 Elio Pagella・Carlo Guerci、イタリア出願 1969 年 3 月 4 日、米国出願 1970 年 3 月 2 日、成立 1973 年 1 月 16 日)
  14. 『Machinery and Production Engineering』vol.120(1972)索引「Rambaudi Ram-Matic bed-type vertical milling machine」p.915
  15. Fidia S.p.A.「Società」(会社の紹介)
  16. 『La Stampa』1994 年 12 月 5 日 企業紹介「Fidia: scolpire l'innovazione」(Unione Industriale di Torino との共同企画の頁)
  17. MCM Group「History」(沿革 1978〜2024)
  18. Jobs S.p.A.「Azienda」(沿革 1979〜2015)
  19. Mariangela Pattarozzi「Composition of Italian Robotics Industry」Media Duemila No.13(1986 年 1 月)の英訳、米国 JPRS『West Europe Report: Science and Technology』JPRS-WST-86-018(1986 年 4 月 28 日)pp.17〜18(DTIC ADA348256)p. 18
  20. 『Sottsass Associati 1980:1999 frammenti』(1999)作品目録「controllo numerico Quasar, Mandelli, 1981」
  21. Pietro Carnaghi S.p.A.「About us」(沿革)
  22. 『American Machinist』vol.131(1987)索引「GE, Mandelli become licensees of Molins' patents on FMSs」Oct p.21
  23. UNIDO Secretariat『The World Machine-Tool Industry. Background paper』ID/WG.514/4(1991 年 6 月 28 日、資本財工業協議会 Praha)p. 38・39・63
  24. Gazzetta Ufficiale della Repubblica Italiana 1994 年 3 月 22 日 n.67(Mandelli S.p.A. の特別管理の省令、1994 年 3 月 15 日)
  25. Thomas Grasson「Boosting productivity the Italian way」『American Machinist』2002 年 12 月 1 日
  26. Fidia「Company profile」(投資家向けの会社紹介、2013 年 3 月)p.3
  27. 「Fidia punta al Nuovo Mercato」La Stampa(Torino の日刊紙)2000 年 9 月 27 日
  28. Fidia S.p.A.『Bilancio 2012』(年次報告)
  29. Fidia S.p.A.『Prospetto Informativo』(2025 年 6 月 19 日)14.1「Il Concordato」
  30. Nidec Corporation 発表「Nidec Completes the Acquisition of the Shares of Italian Machine Tool Manufacturer PAMA and Its Affiliates」(2023 年 2 月 2 日)
  31. PAMA S.p.A.(Rovereto)公式サイト(Nidec の指揮下にあることの表示、Nidec Machine Tool の MVR-HX)
  32. Ministero per i beni e le attività culturali 報道発表「Ivrea è il 54° sito UNESCO italiano」(2018 年 7 月 1 日)
  33. Associazione Archivio Storico Olivetti(Ivrea)
  34. BI-MU(Biennale internazionale della macchina utensile)公式サイト